カナリヤへのオマージュ

「歌を忘れたカナリヤ」いらして下さったお客様からの声
「わけがわかんないけど面白かったよね(と連れの方に同意を求める)」「なんか不思議で独特な世界。なるほどカナリヤねえ」「今日はわかんなくても必ず残りそう…いろんな歌とか、踊りの1シーンが出てきてしまう。そんな作品ですよね?」「ずいずいずっころばしの輪唱のとこがいいですよね」

 そのほか、出演者個人へのお褒め等もありましたが、それは取りあえず個人的にという事にして…
 あれはどのように見ていただいても全くの自由なんですが、それでも「どう見ていいかわからない」という不安なお客様に、昨日の公演後、私と友人の柳谷氏の間で飛び交ったメールの交換をご披露します。もちろんご本人にもご了解を今朝いただきました。あくまでも自由に見ていただく、感じていただくためのヒントになればの心からです。特に私の発言は振付者の思いではありますが、だからといってそう見なければならないということではありません。この往復メールも楽しんで?お読みください。


柳谷「拝見、ゴンドラの歌でのステップ、村さんらしい。好きだな。秋田音頭傘の早い振り良く止まって綺麗。全体の流れの意味合い、かない高度。これはゆっくりまとめないと、浅いとお叱り。ゆっくりまた。楽千代さん、流れに違和感無し。素人目許されよ。」

村「わざわざのご来駕感謝!会えずに残念。かなり高度のあとの、浅いお叱りってなんの意味?」

柳谷「分かりにくい文章で失礼つかまつりました。あまりに浅い解釈すると、村さんに叱られるので、良く考えてという意味でした。龍葉君の最初のほうの役割は、女心の闇ですか?自分の心との葛藤の象徴と存じ上げまする。」

村「ありがとう!私もこの踊りは本来1時間かかるテーマだよと皆にも言ってました。まあ、まだ見ぬ大作のハイライトと思って下さい(笑)龍葉の役は破壊者、狩人ですが、求めているもの(標的)は実は自分の心であり、壊そうとしているのは自分の思い出です。全てを乱暴に扱いがちな人のタイプです。でも最後に救いがくるーそんなイメージで作ってますが、そうじゃなくてはいけないのではなく、自由に見てもらいたくー」

柳谷「さすが、弓を扇で抑えるとは!」

村「そうそうーそれで扇のほうも自分がつい拠り所にしがちな習性とか、過去や思い出なので捨てました。」

柳谷「全てのしがらみから自由に。」

村「そうそうー」

柳谷「秋田音頭の絵壬乃さんと龍葉君の振りで、今回はしがらみ切りを打ち留め。かな。」

村「そう、敵討ちなんだ(笑)遊びなんだけどね」

柳谷「最初にやられた、敵討ちね(笑)」

村「そういうふうに見る人がいたら、結構可笑しいかなって思ったの。まあ、そんなふうに見る人はいないとは思うけど、そんなシャレが底に流れていて、後はなにかが壊れていく踊りと唄のしりとりーーー松の緑で曲が壊れる(舞踊家は曲を「待つ」)と「愚痴」になる。愚痴は周りの人の心を暗くさせるから停電。そこでろうそくの踊り。暗い中なら誰でも乙女のように恋せるという皮肉で「ゴンドラの唄」ここで手しか使わない踊り、足だけの踊り。「波浮の港」で初めて鳥が出て羽ばたけるかと思うが、立てない踊りがあり、とどのつまりは恋を失う。心までが不自由になるんだ。そこへ狩人!ホントは鳥を得たいのではなく心、自分を取り戻したいんだね。その後、籠に入れられると「露地の細道」「とおりゃんせ」と通れそう、脱け出せそうで行き止まりの曲に続くんだ(笑)」

柳谷「敵討ちは最初に気づいたの!しりとりは、途中の一曲の題名がわからず、残念!(笑)ちょいと元気になって」

村「感謝」

翌朝の柳谷「朝方から発表のシートの用意やらなにやら、頭の中ではゴンドラの唄が響きやす。好きなんだ。気持ちを通したい、でも通らないとおりゃんせ。鵜の鳥も行っては帰る、しがらみで唄を忘れたカナリヤは、銀の船に乗せて船出のしがらみ切り、扇を捨てて、自分を自由にした道具を捨てて、初めて心の目が開く。楽千代さんの舞の最初は気持ちに苦しみ、二度目の登場は諭す。重くなり勝ちな題材を洒落で明るく、それも人生、しかめっ面が真面目じゃないぜお兄ちゃん!(笑)なんて所がつたない頭での感じよう。本当の意味も解らず。絵壬乃さんの衣裳後ろ姿と正面のコントラストが変わっていていい感じでした。」
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by nihon_buyou | 2010-02-28 09:39
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