6.1

 今日から「歌を忘れたカナリア」再演の稽古初日。この3日間は舞創さんの稽古場を拝借することになり助かりました。が、早速、マンション下の階の会社から足拍子のクレーム。なるほど反省…

 今週のダイエットは{夜のお酒は週一日だけ}といういましめ計画。お米のご飯を食べないのはふだんとそんなに変わらないのでつらくはありませんが、仕事終わったあとのビールがない一週間はどんな気持ちになるのでしょうか?想像がつきませんが楽しみでもあります。

 昨日は舞創さんで、今月末の鹿芝居公演の打ち合わせを馬生・正雀両師匠を交えてしたあと、これからの公演のキャスティングなどの話し合いをしました。なかなか面白い案がどんどん出ましたが、飛び過ぎで現実を忘却せぬよう自分の心に箍を軽くはめてみたりしました。
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# by nihon_buyou | 2010-06-02 18:53

5.31

 まあまあ体重が落ちているというか、体が徐々に締まって来ております。6月からは少しアクセルふかします。

 それは仕事の上でも同じことです。たまりに溜まった企画やら原稿、演出プランを絞りにかける時機に入ります。
 うつむいて目が暗くうち沈んでいても気にしないで下さいね。「考え中」のプレートが出てるくらいに見ていて下さい。

 なんのジャンルでも、仕事の雰囲気が露骨に見える人がいますね。古典舞踊の人と新舞踊の人にも雰囲気の違いがありますね。
 日舞の年配女性で強欲な顔つきしてバサバサと歩く人にはあまり近づかないようにしていますが、けっこういるもんですね。
 それから演出家を気どり出すとうっそりとして、だいたい背中が丸まり首が前に出て上目遣いに人を見て挨拶が横柄になりがちです。

 確かに仕事柄、仕方のないことでもあるし、わかる部分がたくさんあります。でもふと我が身を振り返って、なぜか「要慎、要慎」と声をかける自分がいます。
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# by nihon_buyou | 2010-05-31 04:26

5.30

 愚痴や不満…つい身近な人には吐き出したくなってしまいます。
 昨日もそんな時間がありました。あまりに取るに足らないことを言い張ったり、ここ一番という時に水をかけるような言動をされることにここ一週間ほどいらつく毎日でした。

 が、こんな時には必ず救いがあるものです。ある人の口を借りて私自身に対する注意を戴きました。
 考えてみれば、愚痴や不平を垂れ流すことを一番批判していた私自身がそれを行っていました。はじめは自分に対する戒めだったはずが、いつに間にやらすり替わって私自身が感染。さらにはウイルスを撒いていたように思えます。
 親しさのあまりの甘え…自分の立場や目的にそぐわない言動はいけませんね。甘やかせば知らない間に心が肥満する…

 今朝、サウナへ行ったら私が昔作った曲と出だしがそっくりな音楽が流れていました。
この似た曲があるのは前から知ってはいたのですが、今日はふと自分の曲のほうを変えてみようと思い立ち、Aメロを新しくしてしまいました。

 サウナ室の中で季刊誌に書く内容を考えていたら、先日とても心に残った「花の街」の歌詞とメロディーの微妙なバランスから来ていたことが納得できました。
 あの曲の持っている、明るさの中の哀調ーーー「輪になって輪になって駈けていったよ」と旋律は期待感を持たせて上昇しますが、その結果としてやってくる「春よ春よと」は、この曲で初めて使う最高音から漸層的に降下してくるのです。
 歌い上げて終わってはいないーーー駈けて行った先に春はいたのか……上昇のメロディーの後にやってくる階段状の下降ライン。絵画で言えば遠景に去って行ったとも想像できます。が、この曲の背景からいってどうもそうではなさそうです。

 これについてはまた書きます。
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# by nihon_buyou | 2010-05-30 09:57

5.29

 若い人々の行動や言葉に厭な思いをさせられることが多くなりました。
 
 自分のことしか考えないーーー自分の能力があるとしても、それは人のためには用いず自分のためだけに使う。その割には年上の人間に対してやってもらいたい事はやってもらおうとするし、それが得られないと批判する。
 
 こんな風景をしばしば目にし耳にし、心痛めるシーンが多くなっている昨今です。それに傷つかないためには、気がつかない振りや、老いた風情を演じるというのも手かもしれませんね。まだ早すぎるか(笑)


 先日小さな講演会があって1時間ほど話をさせてもらい、ちょっと反省しました。
今まではどんな長い講演でもメモなどを見たりするのはあまり潔くないと勝手に考えていたのですが、これからは敢えて資料や進行表を手にしながら話すことに切り替えようと思い直しました。

 それは心の流れや話のテーマの為ではなく、あくまでも私にとっての材料の確認のためです。メモを使わずにいると、どうしても使いなれた材料だけで料理をしてしまいがちになるからです。手慣れた定番は、話し手にとっても聞き手にとっても安心のあるものですが、スリリングでなくなります。心に花がない。


 たくさんたくさん企画の話ーーーひとりではやり切れないでしょう。動き方や環境、周囲を整理しようと真剣に考えています。まずは無駄な悩み、労力のかかるものは元から断つ。このあたりから始めないといけないかも…(笑)
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# by nihon_buyou | 2010-05-29 06:13

5.28

 6月空間公演、そしていくつかの舞台依頼などが重なり、気持ちの上で熱い日々を過ごしています。

 昨日は舞創でワークショップがありましたが、2時間の内、ほとんどを話で費やしてしまいました。

 それは8月下旬に若手らが中心になってやる近松の「碁盤太平記」に絡んで「忠臣蔵」「曽我」の話。それを理解してもらう前提としての色の話、季節のこと、鬼のことetc.
 たぶん受講した人には随分迷惑な時間になってしまったかもしれません。が、いま、この時代になぜ「忠臣蔵」を、しかも若い人々がやるかということに思いを馳せれば、演出を担当する私としては避けては通れないところでした。

 それは来月の「カナリヤ」でも同様で、踊りが好きだから踊るというのは原点ではありますが、なぜいま「カナリヤ」がテーマとして題材として選ばれたか、その偶然とも思える成り行きを<必然>という「ものがたり」に仕立て直す作業と思いが内外ともに要るのだという切実な事情があるからののですね。

 踊りを踊るのに覚悟が必要だと最近思うようになりました。以前は覚悟なんて考えてもいませんでしたし、まあ一所懸命にやることくらいがせいぜいでしたし、ある意味でどなたとも同様、踊りたいと思った時に踊っていたわけですね。

 が、ふと今の自分を振りかえった時、私が踊るという時間はなんなのかを考えるようになったのですね。
 またこの事についてはゆっくり考え、書く必要があるでしょう。
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# by nihon_buyou | 2010-05-28 11:43