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梅の実

 毎日同じことを繰り返す中にも、時折変化球を交えないと、体も心も不感症になりやすいものだ。特に私の場合はそれが顕著だから、この兼ね合いがうまくいっている時とそうでない時とは、一日の過ごし方にも雲泥の差が出てしまう。今日あたりはどうもいい感じだ。
 
 水天宮さんと裏のお茶の木神社へお参りに行くとしとしとさあの雨。意外と傘は役に立たずに、随分と濡れた。が、外が涼しく快適だったと部屋に入った瞬間、実感した。むしっとしたからだ。暑さ避けでなく、このむしっとに対してクーラーをつける。
 
 いよいよ「梅雨」なんだな。梅の実が熟す頃の雨だからこの字をあてる。昔は祖母が梅酒をつけるのを楽しみにしていた。子供の頃だから、酒を飲むのではなく、梅の実に皺がよった頃をみはからって、うわまえをはね、ガリガリと甘酸っぱく、アルコールのほろ苦さも感じながら頬張る。これが子供にも許された酒の初期体験だった。
 
 現代はわざわざ酒屋へ行かずとも、コンビニに常時チョウやの梅酒が置いてあるから季節を忘れた。こんな時、「梅雨」という文字が忘れていた記憶を呼び覚ましてくれるのだ。
 
 同じ時期を表す言葉に「五月雨」があるが、文字は旧暦だから日常には使いずらい。しかし「さみだれ」の音遣いは美しいし、確かに神秘がある。「さ・みだる」ーーー「さ」は穀物神、「みだる」は「水垂る」ともあてるが、古代朝鮮語だという説にも魅かれる。いずれにしても、この雨に対して農民が穀物の実りを幻視し祈った姿が見える。だから、鬱陶しい思いより、あこがれや祈りのこもった美しいネーミングに定着したのだろう。
 
 梅の実の熟す頃ーーー思いが遂げられるはずのことが、あっけなく他へ移っていったことがあった。梅の実という言葉に託されたメッセージ。その舞台はしばらく見るのもつらかったが、ようやく最近、平常な心で眺めることができるようになった。それはまるで、恋から醒めた時の懐かしい感情に似ている。だけど、「梅の実が熟す頃」という言葉は、「梅雨」という言葉がある限り、毎年甘酸っぱく、ほろ苦く、あの時の思いを私の心に思い出させるのだろう。
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by nihon_buyou | 2009-06-30 08:28 | その他

夢の時間

 昨日のブログは眠る寸前に書いた。意識のどこかに東国原知事の国政参加の発言が頭に残っていたらしい。夢で、高校と大学が卒業できずに、この年齢でもう一度やり直すことで悩んでいた。
 建設的というよりは脅迫観念に近い夢だったせいか、さっさと目を覚ましてやったら夢を見た因果関係がわかってホッとした。でも、なんとなくもう一人のボクが夢の中に別に生きてるような気がして不安になった。
 断片的な夢の記憶をつないでみても、地図が出来上がる場所と、水没してところどころ影が揺曵する箇所がある。向こうのボクも、この私を夢に見ていたりして…案外、こちらのストーリーは全て解読されているような気がする。

 仏さまとの交流には、およそ人間の時間で二日ほどかかるというのが私の実感だ。
 はたして夢からのメッセージにはどういう時間が存在するのか。どうも一直線一方向ではなく、蛇腹のように時間はたたまれているように思えてならない。何度も繰り返す夢がいい例だし、こちら側の出来事や想念を反映するのも、ある種の複写だし、またあちら側からのメッセージもそうだと理解しやすい。

 それはともあれ、夜のブログが二日続いた。明日から朝にもどろう。さあ原稿デーだ。いま、あることを胸に秘めつつ、また明日からの新しいスタートに小さなときめきを感じている。
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by nihon_buyou | 2009-06-30 00:09 | その他

なにがやりたいかがわからない人

 ある若い女性と話をしたら、物書きになりたくて3年前、東京に出てきたそうです。が、なにも書いていないし、どうしたらいいかもわからないというのです。

 よくこういう相談めいた話を聞く機会があります。私事ですが、踊りたいと思った時にはすでに踊ってましたし、書きたいと思った時には本になることや誰かが読んでくれるかどうかを考えずに書いてました。
 やはり情報が多いせいでしょうか。踊るにしろ、書くにしろ、その前にそれらの状態や身分に憧れるのが先のようです。
 ほんとにそれで立っていくには、ある種の作戦というか、計画は必要になってきます。が、踊るとか書くといった実体がなく作戦ばかり問われてもなにも答えられるものではありません。
 この女性はまだ20歳代ですから、これはこれで勉強ともいえます。が、だいぶ年齢を重ねた場合はこんな夢見る夢子では可愛いとも言えなくなります。ましてや自分を壊せなくなりますからさらに面倒です。

 まあ随分とこういう人々とお付き合いが多くありました。これも自分に課された修行と考えて親身、真剣に相談に乗ったり、意見も言いました。その成否はともかくとして、いまはこのエネルギーを別の次元に昇華させていきたいと近頃思い続けていた。
 そのせいか、前なら執拗にかけた時間をあっさりと切り上げることができた。この余った時間はいい本の出会いや、思わぬ人との出会いに発展していった。
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by nihon_buyou | 2009-06-28 23:55 | その他

いい人

 よく「あの人はいい人」という評価、言い方がある。この言い方が気になりだしてからなんとなく注意していたが、ある意味ではほとんどの人は、まずこの「いい人」の範疇におさまってしまうということだ。僅かにはずれるのは、犯罪を犯した人。これには表立ってこの評価を使いずらくなる。それと自分の利益にそぐわない人には使わない。

 つい最近も、事情通にはあまり評判芳しからざる人物に関して、私や身内はその柔らかい物腰、物言いや具体的被害を受けていないことなどから、「でも、いい人だ」と評価していた。
 が、今回はさすがに世間で言う意味を実感した。さりとて実害があったわけではない。個々の出来事からその人物がなぜ世間にそう言われるかが透けて見えただけである。
 
 人は残念ながら一人ではまず生きられない。存在していることで既に好むと好まざるに関わらず社会化してしまう。どれだけ自分勝手に生きようと決意しても、割合こそ違え対社会との適合のバランスを測るものだ。
 その意味で、犯罪と名のつくことを仕出かした人でも、どんな手前勝手な人でも、ある窓口では「い人」の顔を必ず見せなければ生きられない。だから、たまたまそこに居合わせた人にとっては、相手をいきなり「悪い人」とは思わないし、またそう判を捺すにはなかなか勇気がいるものだ。そこで多くの場合はひとまず「いい人」という抽斗に分類しておくことがある。

 間違ってならないのは、この「いい人」抽斗は許容量が大きく、実は決済されていないものが入っていたり、自分にとって利・害のどちらがあったかだけの物差しで振り分けられたもので、ここに客観的データは入りずらいことである。いわば「どう判断しようが自分にとって構わない人」「どうでもいい人」までを含むのだ。

 本来、「いい人」とは、「善き人」であった。それは中国の哲人らが評価したステージの一つでもあった。が、日本語の口語体が「善き人」を「いい人」と口当たりよい言葉にほどいた時に、評価に責任を伴わなくてすむ、安易気軽な「いい」に様変わりさせてしまったのだ。言葉をほどいたことで引き寄せ孕んだ異なる意味や価値観。
 
 私たちが気楽に使える「いい人」はその意味では万能である。出会った時の天候・時候の挨拶に対し、別れたあとの人物評には、もっとも無難な宝刀だ。
 この曖昧さを日本語は発見して、いま広く「いい人」は大手を振って闊歩している。が、そこに潜む語感に私たちはもう少し鋭敏になりたい。
 
 いい人と言われるほどの莫迦でなしーーー
 
 これは自戒を籠めた覚悟でもある。
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by nihon_buyou | 2009-06-27 10:49 | その他

雑記

 赤羽での稽古。門弟たちの踊りを見ていて、いろいろ話したくなった。が、それぞれの人にとってはだいぶ先のことを話したようだ。おそらく師匠の目であるより、批評あるいはヴィジョンを語りたかったような気がする。

 夜は古い知合いらとガス抜き会と称した集まり。寿司屋からカラオケまで。これで予定の飲み会はすべて終了した…

 本日は午前中大学講義、午後空間の新舞踊講習会、夜は能なり。不在の間にたまった手紙や連絡などの整理をしよう。
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by nihon_buyou | 2009-06-26 08:41

旅を打ち上げ

 上方より昨日帰還。帰京という言葉がどうしても馴染めなくなっている。やはり京の都には憧れのせいかり、点数が甘い。

 山村楽生師の追善はなかなかの盛況。しかし中心を失った虚しさは拒めない。
 楽千代の「見物左衛門」はこの中では出色。ただ師匠のシャレ心が課題。

 花の浜田氏の案内で北のZEN。演出の生田氏も会いに来てくれる。写真家の高野氏は今度、季刊誌表紙の花の写真を担当してもらうことになった。
 浜田氏には今回、寺崎・福本プロデューサーや薬剤薬局の江見氏など多くの方々を紹介してもらった。

 久々に奈べくらへ行くと咲太夫さん、神宗さんに遭遇。ママさんには閉店後のうどんやまで付き合ってもらう。

 浜田にほだされ?夜更かし。翌日、サウナに飛び込み、体調調整。

 東京では朝丘さんのマネージャー河村氏らと7.7対談の打ち合わせやら12月の芝居の話やら。
 夜、世田谷パブリックで狂言劇場。オーバーアクションが相変わらず気になるものの、娘らにはやはり面白く見られるらしい。帰りに三宿の寿司屋佐藤に寄っておよそ1週間続いた旅の打ち上げ。(6月25日朝記す)
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by nihon_buyou | 2009-06-25 08:35 | 伝統芸能・日本舞踊・能狂言

暗くなるまで‥

 いま、わざと暗闇の中、ブラインドタッチの練習---これはたいへんーーー
  
 新歌舞伎座、地下商店街なんばウォークのブティックなど見ながら、久しぶりに自分用の服など調達。

 夜、鼓の久田氏に去年連れてきてもらった美加佐へ行く(法善寺横町)。鯨、うるか、鱧のおとし、軍鶏のたたきなど美味しくいただく。ここは不思議な食材を綺麗に供してくれるのが嬉しい。
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by nihon_buyou | 2009-06-23 05:39 | その他

津から大阪へ

 三重県での後見の仕事は何事もなくすんだ。長唄の今藤尚之師が私の後見ぶりを褒めて下さった。が、力の配分が中庸になれない。特にこの会は各流だから同じ演目でも小道具ひとつ、後見座へ入ってくるイキもあまりに違う。ミスはないが、集中力に欠けるのがもうひとつだ。70点の出来か?

 踊りでは、三津之丞師振り付けの「楠公」が、曲や詩をあえておおまかに捉えて動きをおさえるので、人物の大きさを出す手法がよく表現されていた。また長い時間を正成一役だけで振り付けしきってしまう力に感嘆した。
 勝美伊三次師の「峠の万歳」は二度目だが、その飄々としたさまを目に焼き付けておいた。今の自分にはできなくともいつかあの役はああ踊りたいと思う。この師の幇間による「俄獅子」なども見事だが、もっと評価されてしかるべき芸だ。
 
 ホテルの事情などあってそのまま近鉄で難波へ。1時間半で値段も安い。初めて使ったが空いてもいるし、わざわざ名古屋まで出なくていいのが便利。
 夕食は法善寺にある店を確認しながら、気になる地鶏の店「吉よし」に入る。ここは宮崎産を使用しているとのことで、心斎橋が本店で法善寺と宮崎の3店舗だけとのこと。鳥刺しの三種をはじめ鳥の寿司まである。肉の甘みがあって、2種のタレや薬味を変えながらいただけるので、何倍にも楽しめる。店内も黒いカウンターだが気取りなく、店長らしき人物と何度も目が合った。今度はこの人のそばで飲んでみよう。
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by nihon_buyou | 2009-06-22 08:33 | 伝統芸能・日本舞踊・能狂言

伊勢まいりへ

 三重県邦舞会の本番二日目。

 早朝、思い立って5:15の始発で伊勢へでかける。
 霧雨の中、参道で傘を買って外宮へ。日曜のせいで、参拝の人が思ったよりはいる。杉木立の香り。
 一年ぶりーーーまたお参りができた。

 早い時間はバスもタクシーもない。ホテルからなんとなく持ってきたおにぎりを齧りながら待っていると、道路の逆を走るタクシーを見つける。Uターン。そのまま内宮へ。

 運転手さんといろいろ話す。やはりこの時間は車はほとんどないが、7:15までなら舞っていてあげるという。それ以上は後の予約があるからだ。
 私もなんとか津まで早く帰りたい。が本宮だけを参拝しても往復25分はかかる。あと20分ーーー
 
 修復中の宇治橋。うれしいほどにキラキラと輝く五十鈴川に「また来れたよ」と手をふった。

 こちらの木々の香りはいつも柔らかく甘い。
 その香りと雨の煙に濡れながら、足早に参道を進む。
 階段をあがって参拝。今年もうかがえた喜びーーー

 お札をいただいて。半分駆け足で出口へーーー
 別会社のタクシーが一台。「今まで三交さん、待っておられたよ。お客さんみえたらよろしくっていわれてます」
 そのタクシーの運転手さんたちの好意で五十鈴川駅から待つ間なく特急に乗れて、余裕で津駅に到着。

 朝食のレストランで皆さんに驚かれる。
 さあ、これから本番二日目ーーー
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by nihon_buyou | 2009-06-21 09:34 | 神仏のこと

津の二日すぎて

 昨日のリハは18曲。みな生演奏だからずいぶんとたっぷぴしている。それと30回の記念会のため、師匠たちも凝った振り付けをしているので、打ち合わせに時間がかかった。さすがに疲れた。
 今日は初日がすむと、昨日やりきれなかった曲のリハを数曲。

 ビジネスホテルの周囲には、とりたてての場所はない。そのせいか、まだ事務所にしか教えていないメールアドレスEMOBILEの窓を開いて見る。まるで夢見る少女のようだ。

 昨日、駅近くの書店を覗く。大きくはないが、白川静先生がずらりと並び、さらにはアジアの本にこだわりを示した個性的な店。一方で卑猥な写真集も店の半分。
 白川先生がこれを見たらさぞかし苦笑なさるだろう。店主と話したくなって、新谷尚紀の「伊勢神宮と出雲大社」を購入すると、レジの一風変わった若店主?が飛び上がらんばかりの声で「ありがとうございます」ーーーなんとなく、その声のトーンで一歩引いてしまった私は旅の本屋での思い出の本を枕元に置いたまま、寝入ってしまった。
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by nihon_buyou | 2009-06-20 09:39 | 伝統芸能・日本舞踊・能狂言