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寿南海のどこ吹く風ーー五行はへんだな

寿南海師のリサイタルで「風」が発表された。その前に踊った「松の内」では、やはり高齢が隠せない感があったが、この新作では同じ人かと目を疑うほど生き生きしている。以前のように体を使い込むことはないが、舞踊表現でいながら芝居心をうまく並存した行き方が、この種の創作の退屈さとは一線を画す。髭の意休が助六と出会い、頭に下駄を乗せられての一瞬の気見合い、鬚を抜くコケテッシュ。風の盆での若い男女の放恣な恋に顔を赤らむ時代感、凧合戦で糸に見立てた二本の襷をさばく息と腰などなど。
 この人の芸は立役と女役をなんの規制もなく、自由に往き来する。普通なら性や役を変換するにその場で一回転したり、後ろを向くなどの法則を作の中で作るわけだが、彼女にはそこに拘泥する理由がない。どうも始めから性を超え、役という枠をはずしたところーおそらく勝手に伸縮・膨張弛緩する自制装置でもってそれを行っているからだろう。暴言を吐けば、彼女の身体的短所にもなりかねない背の低さを、まるで植物の種子から、葉茎花という予想外の生態を現出させるマジックにしている。あの肩幅より広く取った引き足なぞ、まさに男女や役を飛躍した、巫女がかりの構えにさえ見える。
 その逆では、この時、ともに踊った若い女性二人は昨今、花柳や日本舞踊協会の創作舞踊でお馴染みの肉体の扱いであり、技術であった。洋舞にも満たず、日舞の国籍も失ったムード舞踊で女性の肉体からは出られない。これは出演した二人の責任では断じてなく、日舞界全体で産み出してしまった鬼っ子である。いわば踊る大道具、エフェクトマシンに過ぎない。100人からの群舞を成り立たせるために、洋舞まがいのテクニックを安易に導入した付けが、この人畜無害のムード舞踊を生んだのだ。この愚劣さに気付きながらも、もちつもたれつの作者・演出家・批評家・ジャーナリズムからも、そろそろ心ある、勇気ある提言者が出てもいい頃だ。このままだと日本舞踊は死んでしまう!
 今回の「風」は、以前発表された「土」「水」「火」につながるものとプログラムにあった。さらに、この「風」の後には「空」を上演したいとのこと。その一文のタイトルには「五行」の言葉が用いられていたが、これは「五輪」と「五行」が入り混じってしまったもののようだ。ちなみに「五行」は木火土金水の五つで、「五輪」は地水火風空だ。五輪で統一するには、先行作の「土」を「地」と改題しなければならず、五行なら風も空も当てはまらない。まあ、そんな議論はプログラムに「五行」なる文字があったからで、寿南海の作品はそんな規格をどこ吹く風と知らぬ空が似合っている。
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by nihon_buyou | 2007-10-07 10:55 | 伝統芸能・日本舞踊・能狂言