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夢やぶれ…芸大の新曲「浦島」

 坪内逍遥の「新曲浦島」の全編が復活初演されることは、かねてから聞いていたが、危ぶんでいた通り悲惨な作品になった。逍遥のコンセプトでもある日本の伝統音楽が枠を超えて、登場人物の立場や心理を掛け合わせ、そこから新しい日本音楽と舞踊を見出していこうという試みは、小規模であるなら、すでに多くの人々が行っている。が、その草分けである本作に着手するには、確かに芸大が抱える人脈はうってつけではあろう。しかし、一国一城の主たちは、それぞれの役回りに不要な序曲をつけたがる。だから音楽がかけあわされず、陳列されてしまう。まして、最終章にはオーケストラまで入るから、その指揮者は邦楽にまでタクトを振り、その間は常間!呼吸を忘れた邦楽は、鳥かごに入れられた獅子の悲劇だ。
 一幕目の舞台面もひどい。各ジャンルの演奏者を上手下手に二段ずつ、さらに最上階に通して一段。これらを全て覆い尽くして白紗がかかる。だから観客席からは、白いスクリーン状のものが背景としてあるわけだ。この前方で舞踊があるが、時折この紗幕になんとも陳腐な映像が投影される。波やくらげやお魚や…海から帰ってきた浦島は波の映像が映った紗幕の横をチョイとめくって登場するのだから、いまどき旅芝居でもお目にかかれないヒーローの出で、演者に気の毒。踊りも浦島青年が釣針の雫に映った幻の女性ー乙姫との出会い、そして竜宮への旅立ちシーンが冗漫。特に乙姫の振りは、ポーズからポーズへの連続で、歌舞伎舞踊の動きをさけ、女性の姿態を活かそうとヌラヌラ、お馴染みの創作舞踊振りが続出する。この手の振りは生れてこのかた50年ほど前から見ているが、すでに新しくもなく、かといって確たるメソッドがあるわけでもない。ただ演者の卓抜とした個性があるのみだ。歌舞伎舞踊にもならず、舞踏でもなく、演者の巧みさは伝えられても、感動が伝わるコードがはずされている舞踊に対しては、舞踊界あげて真剣な再考が必要だ。その時期はもう30年前から来ている。それに気がつかずにいるから、一般社会から能狂言や歌舞伎は評価されても、日本舞踊だけ顧みられなくなるのだ。日本舞踊の持つ器用さは、なんでも吸収してしまう。が、そのために自分の国籍を忘れてしまうのだ。しばらくの間、洋舞・洋楽・洋種を排すくらいのストイックさが日舞界には必要なのだ。実は逍遥の本作をよくよく読めば、彼の予感はそこにあるのにーー
 演出はなんでも盛り込むことではない。ここにもストイックさが必要で、蜷川幸雄氏が寵児になってからは、演出が作品を離れ目立ちたがる。今回では、歌舞伎の坂東三津五郎を坪内逍遥役に仕立て、途中で100年目に自作が初めて日の目をみたことや、会場である芸大の奏楽堂ができて120年になる喜びなどを語らせる。さらには「新楽劇論」の一節を読んで聴かせた。ある意味での観客サービスで、三津五郎も気持ちよさそうに自身を御馳走化した。が、そのために原作の持つ、切ないまでの理想希求の思いは無残なまでに打ち砕かれたのである。もしも本作に逍遥役をどうしても登場させたかったなら、山田風太郎が「新・八犬伝」で試みたように、作者・滝沢馬琴の苦悩と書かれる八犬伝の世界を交互にコラボさせるくらいに描かねば、理想を求めて敗退する主人公浦島と逍遥はだぶらないし、あそこでテーマを説明した以上はもう観客はそれから先を見なくてもよいと言われたに等しい。とかく伝統芸能の関係者は、プログラムにあらすじやテーマを任せ、実際の舞台ではおのが芸のみで勝負しようとする。その態度が観客の古典離れを誘致しているのだ。作品的にも逍遥は狂言まわしにもならず、なぜか出演させたかったためだけのピエロに堕した。三津五郎にも気の毒だったが、うまく演じられたこと、客受けがよいことで錯覚してはならない。この演出なら出なかったほうがよかったのだ。
 これらに象徴される失敗は、総体に仲間内、学生気分に戻った教授連の文化祭のノリゆえだ。互いの交流を暖めるのが主たる催しに化してしまう。知り合い・友達を周りにつけ敗退した安倍元首相の愚は茶の間では安易に批判できる。が、それがわが身になると見えずらくなるのも我々だ。ここにもストイックさが必要不可欠。
 逍遥の100年ぶりの夢は、またも破れてしまった…
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by nihon_buyou | 2007-09-16 14:39 | 伝統芸能・日本舞踊・能狂言

日舞での「卒都婆小町」

尾上流の冬夏会を観る。プログラムは4曲だが、みな重い。中では「卒都婆小町」が、能のテーマをうまくいかにも日舞化したのがいい。特に原作の能では、百歳の小町に深草少将の霊が取り憑くのを、若い僧侶と出会い、問答の高揚の果てに恋の記憶を呼び覚まされ、踊り地に移行してゆくのが洒落ている。また、その際に思わず、横たわっている卒塔婆を足で踏み越える設定が効果的でうまい。主演の菊之亟も心象・技術ともに能では味わえぬ、テーマの変奏を巧みに表現していた。が、本来、原点の能で扱われる卒塔婆は、町卒塔婆で高野山から麓までの道標代わりに建てられたものだから、墓にある薄板ではない。町卒塔婆はもっと厚手で倒れていたらちょうど腰かけるにもってこいのものだから、老小町は腰を下したのだ。能では卒塔婆が実際に舞台上には出ず、シテがただ舞台に座るだけだったり、床几(日舞では葛桶)に腰かける。今回の舞台では、薄板が一枚置かれ、ここへ小町が腰を下ろすことになるが、どう考えても細く薄い板に座る必然性はないわけだ。しかし、この舞踊では卒塔婆を手に持ったり、踏んだりという重要な小道具にしてしまっているから、これを言い出したらもう作品が成り立たなくなってしまうだろう。作品の根本としても動機に間違いのあることは問題だが、それにあえて目をつぶれば、老女物を扱った作品では上質のものだ。次回の上演の折にはプログラムにでも、あえて薄板の卒塔婆を使用したと断り書きをいれるといい。
 
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by nihon_buyou | 2007-09-09 18:30 | 伝統芸能・日本舞踊・能狂言

台風でも稽古はーーそして喘息

 9月5日に東京に洪水警報がでたので、葛飾区の連盟の稽古は皆さんご高齢でもあり、振り付けの私から延期を申し出たほうがいいかと思ったものの、なんとかなるわさと出かけてみる。なぜか行きも帰りも雨は小降り。ざんざと降ったのは、稽古時間の真っ最中だからやはりやってよかった。平均年齢はおそらく70数歳であろう役員さん方が、抒情歌による舞踊に初挑戦するにだから、20歳も下の私は只々頭が下がる。若い私が台風なんか気にしてなんのこっちゃ、である。この日のメイン曲は「信田の藪」という、あまり聞きなれないものだが、野口雨情の作詞がなんとも不条理な夢のようで、怖いような懐かしいような…振りには、藁しべに刺した赤とんぼを小道具で使ってみることにした。そして狐さんにも登場してもらおうーーー
 翌6日は自宅赤羽での稽古。台風は夜という漠然とした予報。門弟で夜に予約を入れていた人からぼちぼちと休みの電話が入る。結局、夜は周りの予想通り、寂蘭さんだけが、台風も恐れずやってきた。「浦島」の上げ浚いだ。残っていた5人が興味津津見守る。後半のおじいさんになってからがよくできて、私のOKサインが出たら、思わず皆から拍手が沸き起こった。寂蘭さんは女性だから、年齢不詳だが私よりはずっと上のことは確か。前日の葛飾の役員さん達といい、彼女といい、ご高齢の人に学びを得た台風の二日間だった。
 ーーー台風は喘息に影響を与えるとこの日知った。若い門弟で台風の気圧の関係で発作が起きた人が、やっては来たが稽古できず。もう一人の年配も体調調整で休まれた。やはり人間の体と自然のバランスは微妙だ。
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by nihon_buyou | 2007-09-07 14:34 | 伝統芸能・日本舞踊・能狂言

9月はじめての稽古場

いま赤羽の稽古場には人が集まる。いつも言うことだが、波が来ているのが見える。昨日は新しい入門者があったと思ったら、数年前の「ケイコとまなぶ」を読んだ人が見学にきた。(わすれていた記事が今頃PCで読めるなんて知らなかった)落語の林家正雀師匠もみえ、高座での忠臣蔵特集で踊る曲の相談もあった。夜はおどりの空間の仲間の花柳あきさよさんが今日から正式に稽古に来たので、「都わすれ」の相手役に立ってもらう。その他もろもろーー書けば宣伝過剰になりそうなことがまだまだあるし、書けないオフ企画も進行中だ。そんな中でこれを書いたのは、波に乗ることはタイミングをはかることと、素直に体や心を投げ出すこと、さらには波になかなか乗れない人は波に乗ってる人のすぐそばに行くだけでも随分と効果があることを書きたかったからだ。(でも隣に近寄った人を蹴るような意地悪サーファーには要注意だけど)波乗りは海でなくとも楽しめるという話ーーー
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by nihon_buyou | 2007-09-04 09:40 | 伝統芸能・日本舞踊・能狂言