カテゴリ:神仏のこと( 6 )

まれびと

 秩父の宮本家から釈迦像をいただいて帰ってきました。あちらはそのお名前の示す通り、神道の御家だそうで、いただいた仏像の扱いに困っていると言われました。それで何故か私に突然下さることになったのです。急な展開にご縁を感じる暇もなく、東京へ釈迦像をお連れしてしまいました。

 昨日は六時から若手公演の稽古でした。
 その後、駒塚さんからメールが入り、鶏由宇へ志穂さん、櫻鼓と行きました。
噂通り、味が一段美味しくなっていました。店にもある種の格が備わってました。たぶんママさんの覚悟が呼びこんでいるのでしょう。

 商売もそうですが、舞台も同じく役者や演出家の論理ややり方だけや都合だけではいいものは誕生しませんね。やはりお客様の存在です。
 頭では誰もがわかっていることですが、お客様とは古来から日本では「まれびと」だったのです。お招きし、来訪していただく存在であり、また御帰りいただくものなのですね。
 その「まれびと」へ対してのもてなしが酒と肴であり、趣向としての祀り・催し・余興すなわち芸能だったのです。

 「お客様は神様です」のフレーズが心に残ってしまうのは、日本人の古来からの刷り込みゆえでもあるのです。

 だから、店でも芝居でも舞踊でも自分が自分がと言っているうちは未熟です。何をその場でするのか、何を与えられたのかを考えれば行動や答えは出ます。

 自分の表現なんて思ううちは日本は遠く去っていってしまいます。日本が去るということは世界でも弾き飛ばされてしまうものです。いわば亡命者は救済するのが精いっぱいで、その表現もいつのまにやら救済されたいという思いだけにすり替わっていってしまうからです。


 私には生まれて1週間でこの世を去った子供がいました。男の子でした。この子が亡くなった日に「真礼(まれ)」と命名しました。亡くなった子に名をつけるのは複雑な思いでした。
突然訪れた命は束の間にして去って行きました。まさに私たち夫婦にとって「まれびと」だったのです。
 その出来事があって、次女・常世が元気に誕生しました。それは元気そのものでなくてはなりません。そして、常世の国からの来訪でなくてはならなっかったのです。

 夫婦なんていう、一番ちっぽけな単位でのこれは「神話」の1エピソードです。
店の経営や舞台はたくさんの神々への供物です。神は気まぐれです。が、神はこちらが無心で待てば必ず訪れてくれます。ドストエフスキーが疑ったような神は日本人には無縁です。欲張っちゃいけないのだ。日本の神はどこにもいるし、どこにもいない。いつも移動中ですね。だから、あの神様がおでかけでも別の神様が逗留中ですから安心です(笑)
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by nihon_buyou | 2009-11-10 08:12 | 神仏のこと

伊勢まいりへ

 三重県邦舞会の本番二日目。

 早朝、思い立って5:15の始発で伊勢へでかける。
 霧雨の中、参道で傘を買って外宮へ。日曜のせいで、参拝の人が思ったよりはいる。杉木立の香り。
 一年ぶりーーーまたお参りができた。

 早い時間はバスもタクシーもない。ホテルからなんとなく持ってきたおにぎりを齧りながら待っていると、道路の逆を走るタクシーを見つける。Uターン。そのまま内宮へ。

 運転手さんといろいろ話す。やはりこの時間は車はほとんどないが、7:15までなら舞っていてあげるという。それ以上は後の予約があるからだ。
 私もなんとか津まで早く帰りたい。が本宮だけを参拝しても往復25分はかかる。あと20分ーーー
 
 修復中の宇治橋。うれしいほどにキラキラと輝く五十鈴川に「また来れたよ」と手をふった。

 こちらの木々の香りはいつも柔らかく甘い。
 その香りと雨の煙に濡れながら、足早に参道を進む。
 階段をあがって参拝。今年もうかがえた喜びーーー

 お札をいただいて。半分駆け足で出口へーーー
 別会社のタクシーが一台。「今まで三交さん、待っておられたよ。お客さんみえたらよろしくっていわれてます」
 そのタクシーの運転手さんたちの好意で五十鈴川駅から待つ間なく特急に乗れて、余裕で津駅に到着。

 朝食のレストランで皆さんに驚かれる。
 さあ、これから本番二日目ーーー
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by nihon_buyou | 2009-06-21 09:34 | 神仏のこと

阿修羅像と再会

 3月30日ーー興福寺阿修羅像内覧の日。国立博物館平成館。二時からの式典。館長、多川管主、朝日新聞社社長の挨拶がなかなか洒落ていた。テープカット。あそかに私もいつか並べるようにならなくっちゃーー
 二時半。エスカレターで昇る人々を尻目に大階段で。入口で黒木瞳さんの声によるガイダンスを借りて展示会場へ。第1章は宝物など。群がる人の多さに辟易。すぐに第2章へ。まずは華原馨に驚嘆。かの漢の高宗の后が興福寺に納めたという伝説の三つの宝のうちの一つだ。「珠取海士」に登場する宝物。さすがに面向不背の玉こそないが、この馨の存在だけでも感動だが、台座の獅子、支柱に絡み付く龍の躍動、耳の四匹の龍など、どれを見ても歴史、いや生きた伝説が息を吹き返したようだ。しかも音声ガイダンスではその打ち鳴らす音まで聞けた。けっして古びのない清く速やかな音色ーーー
 八部衆は一体ずつが浮き上がって、動きを潜めた活き人形だ。せつないまでに永い静止の時間。人が感知できない呼吸と幽かな見揺るぎ。それを見逃すまいと思いつつも、その前を行き過ぎていかねばならない我らの生。カルラの瞳に射すくめられ、サカラの頬に初めて知った人の世の苦さを反芻する。十代弟子には主張はない。ただひっそりと我らの去り行くのを待つだけ。
 阿修羅像は360度、どの角度からも拝せる。正面の御顔は照明の加減か、満遍なく照らされ、見慣れた翳りがない。その分、左右の御顔と向き合えば、今まで見過ごしてきた下唇を噛んだ一瞬の変化を永遠に残してしまう。この後、この思いはどのように変幻するのか?鼻筋からは僅かにずれた中央合掌の両手。3つの御顔、4つの御耳、6本の腕、2本の脚。
 思えば、この阿修羅像の前で何度涙し、語りかけ、あきらめ、そして鼓舞されてきたかーーいま、奈良の地ではない、私の生れ住んでる東京で内覧の記念する日に阿修羅像に何度目かの再会を果たしている自分。あの時のボクにそっとこの日の出来事を耳打ちしてやりたい。「君は生きてたよ」ってーーー
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by nihon_buyou | 2009-03-31 15:19 | 神仏のこと

花巻の二つの神社

 3月28日、新花巻駅に高橋事務局長が迎えに来てくださる。車で案内してくれると言われ、木像で日本一の大きさと言われる毘沙門天へ二度目の御参り。
 相変わらず参拝者は他にない。が、5月に行われる毎年恒例の「泣き相撲」の、ちょうど屋根などの葺き直し最中。高橋さんのお孫さんはまだ1歳だが、今年出場申込みしたという。神社から下さる半纏を着て先に泣いたほうが勝ちらしい。微笑ましい行事だ。
 毘沙門天像は檜の一本造り4.92m。足下は地天女が両手で支える。この毘沙門天は東北を平定した坂上田村麻呂を表しているそうだから、地天女は土着の神や霊、あるいは人民そのものかもしれぬ。
 この神社は急斜面に立っているせいか、杉木立が限られた空に高々とそびえ、その木肌と社の風雪にさらされたままの感触が静かに共鳴し合っている。
 もう一軒おねだりして、去年土地のタクシー運転手さんに教わった丹内山神社へ行く。赤い鳥居が突然道端に立っているような二の鳥居から上がる。残雪には数時間前あたりについたと思われる足跡が一人ぶんだけ。藤原清衡が建てたらしいが、詳しいことはわからない。境内に七不思議の看板が立っているが、その内の一つに、本堂回廊右の壁面にある唐獅子の木彫を舐めると居眠りしないとあったのが笑えた。
 その裏の小高い場所にご神体の岩があった。そこまで登って見れば、大きな二枚の岩が重なり、子供が一人すり抜けられそうな隙間があった。その立札には、岩に触れず通り抜ければ大願成就、もし触れても合格は叶うとあった。私は勝手にルールを変えて、その大岩を一周して、大願成就叶ったと決めてしまう。
 名の丹内から空海を想像したら、弟子の空弘が創建に関わっているらしい。
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by nihon_buyou | 2009-03-30 08:21 | 神仏のこと

阿修羅像に会える。

 3月21日ーー興福寺の多川貫主より30日の「阿修羅展」内覧の招待状が届く。嬉しくて何度も封筒を見直す。
 学生時代から幾度、あの御像のまえに佇んだことかーーー小学館の美術全集を買い込んだり、写真を飾ったり、トルソーめいたオモチャまで掲げていたこともあった。
 インドネシアで御縁をいただいたガルーダ像には、法華経普門品第二十五に阿修羅とともにカルラとしてその御名が登場。毎日のように御名を唱えさせていただいているが、今回の展示には八部衆・十代弟子すべてが拝せるという。その喜びだけでも有難いことなのに、公開一日前の内覧でお目にかかれるとはーーー神仏に、そして多川貫主に感謝。この展覧会のご成功を只々祈るのみーー 
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by nihon_buyou | 2009-03-22 15:52 | 神仏のこと

唐招提寺金堂の左扉

 唐招提寺金堂の三尊の修復が今年11月に出来上がるとテレビで知った。
「大きなお寺の扉の左側が開いている。その仏様と御縁ができる」7年前にいただいたメッセージ。そのままになっていた。この金堂の中央はルシャナ仏、右は薬師如来、そして左は千手観音。いま、その千の御手の取り付けの8割まで出来上がっているという。
 学生時代は鑑真和上の座像の魅力に立ち竦み、わかりもしない渡日の艱難に思いを巡らしたことはあった。が、伺ったはずの三尊には思いいたらず。御縁の端をいただくとはこういったことからなのだろう。その38のお道具を持たれた御手を中心にした1000の御手を身近に拝せるのもそう遠くない秋ーーー
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by nihon_buyou | 2009-03-17 09:10 | 神仏のこと